
ゲーム業界で輝かしい栄光と挫折を経験した人をピックアップしている記事中に
日本人が混じっていたので掲載。
Feature: The 9 Most Shocking Resignations and Firings in Gaming for Xbox 360 on GamePro.com.
上のショットはおなじみの故横井軍平氏。
入社は1965年だそう。ゲーム&ウォッチやハンドベルドゲーム機に携わり
ファミコンも製作。ハード開発だけではなくパルテナの鏡やメトロイドの開発チームにも
加わった経緯も紹介されてます。
彼の任天堂最後のプロジェクトはバーチャルボーイ。その1年後に任天堂を去ることに。
その後バンダイにてワンダースワンの開発に携わるものの完成前に車に引かれて
この世を去ることに。
今度は元スクウェアのヒゲこと坂口氏。
社運をかけて制作されたファイナルファンタジーが大成功した経緯から話はスタート。
1995年にはスクウェアの社長に就任していたそう。(知らなかった
名作RPGシリーズを多数排出。
ただ2001年にハリウッドに打って出たファイナルファンタジー映画版が
大失敗したことで2003年スクウェアを去ることに。
現在はスクウェアエニックスと競争する会社を立ち上げたことは「驚ろいた」と表現。
マイクロソフトの庇護化でブルードラゴンとロストオデッセイを制作しましたという内容に。
今度は人ではない会社そのもののクローバースタジオをチョイスしてます。
元々はカプコンが2003年に会社を分社化した中で出来たメーカー。
ビューティフルジョーと大神を制作した経緯を紹介。
その後はゴットハンドを作ったもののセールス的にどれも成功とはいかず解散。
大神は2008年4月にwiiにカプコンリメイク。(補足:そのときエンドクレジットで
クローバースタッフが抜けていた模様
現在はプラチナゲームズとしてセガフランチャイズソフト4本を製作中という内容で〆てます。
最後はこの人、渦中の板垣氏。ご存知テクモのチームNINJAの代表。
1992年にテクモに入社。デットオアアライブの成功(
補足:この頃テクモが
3Dグラフィックに関して「セガなどしか作れない」と消極的だった中板垣氏が挑戦する!と
意気込んで制作したのがこのソフト)で頭角を表し始め、その後もチームNINJAチームを
率い続けた内容が紹介されてます。
NINJAGAIEN2とともにテクモを退社することが発表、テクモを訴えるという経緯に。
ただ
チームNINJAは元リーダーがいなくても活動し続けることを確認したそう。
・・・とジャパニーズドリーム的な4事例がチョイスされています。成功の後
それぞれ失敗があり(もしくはそれに置き換わる事例がある という内容で記載されてます。
クローバーは面白いゲームを作ってもプロモーションがうまくいかないと
売れないということを示した見本のようなメーカーになってしまいましたしねぇ〜
横井氏もバーチャルボーイをあっという間に作ってしまったのは直感?だったのかなぁ〜。
スクウェアの映画も成功していればどうなっていたんだろうね。
(06/18)
名無しですみません(06/18)
えい(06/17)
(06/17)
ルリ(06/17)
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ゲームとは?(06/17)
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スポンG(05/09)
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